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Gamble Dependence Straight to Hell!

ギャンブル依存症。日々色々な事を考えています。

時代の変化

昨日は少し残業をして、職場の同僚達と酒を少々飲んでから帰宅した。
最初は仕事の話を何だかんだ話していたが、最後には家庭の愚痴や、この国の政治の話に花が咲いていた。
開催中のG7のニュースも酒の肴になったようだ。

相変わらずパチンコの話をしている後輩と同僚もいた。
一昔前はパチスロをやっていたが、今は殆どやらないという同僚は、いつも決まって「昔は良かった」と口にする。
通称4号機と呼ばれる機種が全盛だった時代の事だ。
私はあまりスロットはやらなかったが、その辺の機種は私も大抵知っていて、多少は遊んだ経験がある。
確かに、連チャン性や出玉は今とは比べ物にならないのかもしれない。万枚なんていう事が、夢物語ではなく誰でも経験する事が可能だった。
それだけの勝ちを経験するという事は、負けの金額も当然大きくなる。その当時、きっとギャンブル依存症は、今よりも確実に量産されていただろう。

ギャンブル依存症の人間にとっては、今も昔も、良かった時代なんて無い。
一度ギャンブル依存症に陥ってしまえば、いつの時代だって最低で最悪だ。

「昔は良かった」様々な場面で普段からよく耳にする言葉だ。

時には、単純に己の肉体的衰えを、過去の自分と比較して発する場合もある。「昔はもてた」「昔は100m何秒で走れた」何ていうのもよく耳にする台詞だ。

先のパチスロの話のように、ある特定の時代と現在の状況を比較して懐かしむ場合も多い。

パチスロやギャンブルだけに限らず、いつの時代も勝者と敗者は存在し、政治も、世の中も、人間の営みも、いつだってどこか狂っていて、そういった意味では、「良かった時代」なんていうものは実際には何処にも存在しないのではないだろうか。

過ぎた時代を良かったと懐かしむのは、満たされない現在を生きている、時の流れの中で何かを失ってしまった人間か、時代の変化に取り残された人間の、単なる思い込みに過ぎないのかもしれない。

まぁ、そうは言っても、様々な部分的なところでは「昔は良かった」とぼやきたくなる気持ちは、私も十分に理解できる。
例えば、煙草。一昔前は何処でだって煙草を吸えた。
世の中は嫌煙の風潮に変化して、喫煙者の肩身は随分狭くなった。
他にも音楽だったり、人とのコミュニケーションのツールだったりと、色々と思い浮かぶ。
私もやはり、時代の変化に取り残された人間の一人だ。

機器の進化がもたらす変化もあれば、何処かの誰かの都合で、いつの間にか変えられる変化もある。
その時代の共通意識として変わっていく価値観もある。

世の中全体で見れば、システムも変わる。
規制緩和、法改正。
例えば職業の種類によっては、そういった変化に対応出来ずに、衰退、もしくは廃業に追い込まれていった業種も数知れずとあるだろう。
何処かの誰かが利益を得れば、別の誰かが損をする。

日々変化していく世の中に常に対応していくのは、中々に困難な事なのかもしれない。

生きていくのも大変だ。


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